掲載日:2021年11月4日
今から90年以上以前の昔、小型カメラ用の35mmフィルムというシステムが誕生した時代から、いわゆる「標準レンズ」は50mmとされてきた。アンリ・カルティエ=ブレッソン、木村伊兵衛、桑原甲子雄といった初期のスナップショットの名手達が使用したのも50mmレンズであった。
おそらく、 小型カメラの始祖であるライカA型に装着されていたレンズが50mmであった事に由来して今に至るのだと考えられるが、ズームレンズが主体となったデジタル時代の現在となっても相変わらず35mm判換算50mmの画角こそが「標準レンズ」とされている。
僕達も若い頃に写真学校で「まずは標準レンズを使いこなしてこそ写真は上達する」と教わって育ったものだし、それもまた一理ある事は確かである。
オリンパスのシステムにおいてもM.ZUIKO PRO F1.2 大口径単焦点レンズシリーズと、小型軽量のM.ZUIKO DIGITAL F1.8 単焦点レンズシリーズの2つのシリーズがラインナップされており、特にF1.2レンズシリーズは使いこなしがいのある名レンズだと思っている。
このF1.2レンズシリーズは、まろやかな美しくにじむボケには得難い魅力があり、以前キューバやパリで撮影した際には自分にとっての代表作となる作品を残すことが出来た。
しかし、スナップ派の自分にとって焦点距離50mmの画角というのは、どうしてもやや望遠寄りに感じられてしまう所があり、時として「もう少しだけ画角が広かったら」と歯がゆい時があった。
だが、焦点距離34mm相当[※]のM.ZUIKO DIGITAL ED 17mm F1.2 PROは、僕の中では広めの「標準レンズ」ではなく、「広角レンズ」を使用しているという撮影意識となってしまい、用途が違って来るのだ。
斯くも撮影者というのは我がままなものなのであるが、「50mmと34mmの間」つまり40mmの焦点距離こそが、スナップ派にとっての理想の標準レンズなのではないだろうか?
フィルム時代の「オリンパス トリップ35」など、手軽なコンパクトカメラの多くに装着されていたのが50mmではなく40mmのレンズであった事も、40mmという焦点距離の使いやすさ故であると考えられる。
また、フィルム一眼レフカメラのOMシステムにも「ZUIKO AUTO-S 40mm F2」というパンケーキレンズがラインナップされていて、今でも中古市場でプレミアが付く程に人気がある。
しかし、そうした伝統があったにも関わらず、これまでM.ZUIKO DIGITAL シリーズレンズでは40mm相当[※]の単焦点レンズがなかった。
前置きが長くなってしまったが、今回新たに焦点距離が40mm相当[※]のM.ZUIKO DIGITAL ED 20mm F1.4 PROが発売される事は、長年のM.ZUIKO DIGITAL レンズユーザーである僕にとって嬉しい驚きであった。
M.ZUIKO DIGITAL ED 20mm F1.4 PRO の絞り開放値がF1.4と適度な大口径である事も絶妙な判断で、正に待望の登場と言えるだろう。
絞り値F1.2の大口径レンズは、艶のあるボケ味で確かに魔力がある。一方で大口径ゆえに大型化は避けられず、重量もかなりのものになってしまう為、そうしたハードルを越えた選ばれし者のみが手に出来る特別な描写であった。
しかし、このレンズは、絞り開放値をF1.4と無理のない大口径に抑えてある為か、サイズや重量が馴染みやすい適度なものとなっているのが実使用の上では大変有り難い。
今回、OM-D E-M5 Mark IIIと、OLYMPUS PEN-Fの2台にM.ZUIKO DIGITAL ED 20mmF1.4 PROを装着して旅の撮影をしたのだが、それらのボディに付けた時のバランスが非常に良く、手に馴染む取り回しの良さが強く印象に残った。
カメラを持って街を歩き通すスナップの撮影では、そうした要素も非常に大切だ。
フットワークが軽くなり、偶然の被写体と出会った時の咄嗟の反応でもカメラの操作に支障がなく、また1日の撮影を通しての身体の疲労度も格段に軽減されるのである。
実際に撮影しての第一印象は、正に万能レンズだと言う事に尽きるだろう。と言っても、それは高倍率ズームの様に利便性が高いという意味ではない。
むしろ正反対であって、自らの目と足を駆使してこまめに動き、フレキシブルにアングルや絞りを変える事によって、初めてその万能性を発揮できるのである。
標準レンズの使い方の基本に忠実に、一歩引いて撮る事で広角レンズ的な視覚となり、逆に一歩近づく事で準望遠的な視覚となる訳だ。
また、絞りによる描写の変化も顕著で、被写体に近づいての絞り開放近くの撮影では、大口径ならではの美しくまろやかなボケを味わえる。ボケ味にはあまりクセはないので安心して絞り開放から使う事が出来る。
一方で、数段絞り込むだけで解像力が格段にアップするので、天気の良い日の絞り込んでの遠景や、建物などの無機的な被写体を写したときなどの場合では、画面全体がキリッと引き締まったシャープな描写を得る事ができる。
逆光にも極めて強く、太陽や人工の光源そのものを画面の中に入れて撮影してもゴーストの発生は見られず、画質が全く破綻する事がないのには驚かされる。
夜景撮影において、絞り開放での撮影では光源の周囲に柔らかく包み込む様な美しいフレアを見せ、絞り込んでの夜景ではエッジが立った描写で点光源の周囲に星の様な綺麗な光芒が生じる。
自分の作品としては、モノクロが専門ということもあり、夜景撮影において、絞り開放のロマンチックな描写がとても気に入ったが、そこは好み次第なので、工場夜景などをシャープに撮りたい人などは絞り込むと良いだろう。
この辺りの変幻自在で上質な描写力は、やはり大口径の単焦点レンズならではのもので、ズームレンズでは味わえない単焦点の醍醐味と言えよう。
絞り値をF6.3と絞り込んで街の夜景を撮影。このくらいの絞り値で夜景を撮影すれば、光源の周辺に綺麗な光芒が出現するので、表現として活かすことができる。
(個人情報保護の為、車のナンバー部は加工してあります)
総じて、撮影者の意図が大きく反映されるレンズであり、逆に言えば、余り考えずに漠然と使っていてるだけでは、このレンズの真価を発揮することは難しいかも知れない。
シンプルにしてヘラブナ釣りのごとく奥が深い、使いこなしの腕が問われるレンズとも言える。
僕自身も限られた時間での撮影で、どこまで使いこなせたのか定かではないが、自然とフットワークを駆使して身体が動いており、焦点距離40mm相当[※]のM.ZUIKO DIGITAL ED 20mm F1.4 PRO レンズ1本勝負での撮影旅を大いに楽しんでいた。
こんな風に書くと、ベテラン向けレンズと受け取られてしまうかも知れないが、決してそうではなく、僕はビギナーにも是非使って欲しいと思う。
このレンズで撮影すれば、確実に写真の腕は上達するだろう。
自身で試行錯誤しながら使い方を探り、絞り値の違いによる効果や構図など、基礎を体感しながら写真の実力を身に付けるには、最高のレンズとなるのではないだろうか。
今の時代、様々な便利な道具があり、M.ZUIKOレンズには「M.ZUIKO DIGITAL ED 12-100mm F4.0 IS PRO」といった、とてつもなく有能な高倍率ズームレンズもある。
このレンズは僕も愛用しているが、失敗出来ない仕事の時には、とても頼りになる相棒で、時代の先端を行く道具である。
一方で、M.ZUIKO DIGITAL ED 20mm F1.4 PROは、その対極とも言えるシンプルなレンズだ。どちらにも、それぞれの強烈な個性と道具としてのオーラがある。
現代の技術で描写力を極限まで高め、40mm相当[※]という絶妙な焦点距離と相まって、標準域単焦点レンズとしての完成度を極めた「真の標準レンズ」の登場とでも表現出来るだろう。
※35mm判換算 焦点距離
OM-D E-M5 Mark IIIは、小型軽量と高性能を両立できるマイクロフォーサーズシステムの魅力を最大限に引き出したミラーレス一眼カメラです。圧倒的な小型軽量ボディーにハイエンドモデルに匹敵する画質性能とAF性能を搭載するほか、新開発の強力なボディー内5軸手ぶれ補正機構や、多彩な撮影機能も搭載。
高解像と美しくにじむボケを実現した 標準域40mm相当[※]の、小型・大口径F1.4のPROレンズです。風景からポートレート、またスナップ写真にも最適。