Volume 6 母国で親しんだあの味 食べ物の味わい方 アン:子どものころに食べたものや、お母さんが作ってくれたものを、懐かしいと思うことはある? 例えば、今でも時々思い出したりするものはある? マイケル:あんまりないかな。 アン:すごく食べたくなるようなものは? マイケル:時々、ケーキを幾つか思い出すかな、だけど、僕がイギリスの食べ物で唯一、懐かしくなるものは、ステーキ・アンド・キドニー・パイだね、面白いことに。 アン:あら、まあ、ハハハ。 マイケル:ハハハ。 アン:すごいわね、ハハハ。 マイケル:そうなんだ、多くの人が「うわー!」って思うような、かなりまずそうな食べ物だけどね。面白いことに、今ではイギリスでもそういった食べ物を敬遠するようになってきて、実は今となっては、イギリスでも、ステーキ・アンド・キドニー・パイは手に入れにくいんだ。 アン:それで一体、説明してもらえるかしら、ステーキ・アンド・キドニー・パイって、一体どんな食べ物なの? マイケル:ステーキ・アンド・キドニー・パイは、その名のとおりなんだよ。牛肉の厚切りと腎臓の塊が、すごく濃厚でこってりしたソースの中に入っているのさ。普通はパリパリした、何というのかな、薄い層が重なったペストリーが上にかぶさっている。とにかく、ものすごく、実に素晴らしいんだよ。 アン:ハハハ。 マイケル:あーあ。 アン:プルースト的瞬間を味わっているのね。戻るのよね…… マイケル:もう少ししたら、僕のお腹が鳴るのが聞こえるよ。 アン:ハハハ。そうね、それって本当によくあることだと思うわ。面白いわよね、そのにおいをかいだら、(あのころに)連れ戻されるんだものね? マイケル:そうだね。 アン:それを味わった時の、あのころに連れ戻されるんだもの。そう、食べ物とある経験、時代の間には、それだけ強いつながりがあるんだわ。 マイケル:そうだね、時代とね、うん。 アン:そうそう。 マイケル:日本に来て面白いのは─食文化がイギリスとはまったく違う国で─日本には食べ物をより深く味わう気持ちがあるよね。それから食べ物に対する愛もね、だから今では、ただ家で食べるだけでもすごく楽しいし、家族と過ごす、すごくいいひと時だし、外食するときだって、日本では素晴らしい気分を味わえるよ。 アン:私にとっても面白いことの一つは、日本ではいうまでもなく、食べ物にものすごく、見事なまでの努力を注ぐでしょう、その盛り付け一つをとっても─アメリカでは注意を払っていないのよね、ただパスタをお皿にポンと載せるような感じで、それを料理と呼ぶんですもの。だけど日本では、小さなお皿の料理もすべて、季節感が考えられて、色どりも考えられて、取り合わせなんかもみんな考えられていて、当然、とっても時間がかかるわよね。それと小皿の料理がたくさんあるって言ったけど、それが大きく違う点の一つで─アメリカではだいたいの場合、ただ1枚の平皿に料理が載っているだけなの。 マイケル:そうだね。それと、日本では食べ物を分け合うことが、もっとずっと多いのも面白いね。イギリスではレストランに行ったら、自分が注文した料理を食べるだけだ。 アン:そう、自分のメインの料理をね。 マイケル:分け合うことはない。だけど日本だと、知ってのとおり、分け合うことが多いでしょう、それっていいことだと思うんだ。 アン:そうね、分け合うことで、もっと皆一緒のような、いい体験ができるのよね? ええ。さてと、そんなことをいってたら、お腹が空いてきちゃった、ハハハ。 マイケル:ものすごくお腹が減ったよ。日本では、どこに行ったらステーキ・アンド・キドニー・パイがあるのかなあ? アン:ステーキ・アンド・キドニー・パイ、それが今のあなたの心に引っ掛かっているのね。そうだった。そうね、わかったわ、9月号を締めくくりましょうか、次回もご一緒できるのを楽しみにしています。 マイケル:そうだね、本当に。今晩はあなたも家に帰っておいしい料理を作ってみてくださいね。 アン:ステーキ・アンド・キドニー・パイも試してみてください。 マイケル:もし見付けられたらね。 アン:さようなら。 マイケル:お元気で。さようなら。 (訳:鈴木香織)